2017年 夏季号 巻頭言 家庭・家族の役割とは
家庭で自ら学習に取り組む習慣について
夜10時を過ぎたころ、大勢の中学生が一人で自宅に帰る姿や親が塾に迎えに来ている光景は日常茶飯事です。こんな遅い時間まで外で教えてもらわなければ受験を乗り越えられないのか…、家での学習はどうなっているのか…、家族のだんらんは…、親子での話し合いは…など、つい心配になります。もちろん、その点について家族で対応されている場合も少なくないでしようが、見直すべきところがあるのではないかと考えています。
遠い昔のわが身をふりかえれば(「団塊の世代、1学年約200万人(現在はほぼ半分の100万人)、受験地獄」と言われていた時代ですが)、夜間塾に通う子どもは一人もいなかったし、みんな勉強は自分でなんとかしていた(もちろん親や兄姉の後押しはあったでしょうが)と、思うのです。いまも昔も「受験」は変わりませんが、むしろ昔の方が、高校入試は9教科900点、大学入試も数英国に加え、文系は理科1科目と社会2科目、理系はその逆と科目数も多く、倍率も高く、いまと比べるもっと大変だったと思われます。
それはさておき、周りを見渡すと、学校で望ましい学習態度をとったり、友だちと良好な関係をつくったり、その結果として良い成績を残せるのは、それ以前に家庭で、話し合ったり、役割を果たしたり、自分のことは自分でするという習慣を身につけ、必要な家庭での学習に自ら取り組んでいるケースが多いことがわかります。
そこに着目せず、学校や塾という仕組み・環境・教材に頼るだけでは、なかなか自分自身でやりとげようとする力には繋がらないように思います。本来、子どもが自分で学習計画を立て家庭で学習をしっかり行うための手がかりを得るために、家庭外での学習を活用するのではないでしょうか。そして、学校を子どもの教育の基本であるととらえ、教師に教えを乞い、家庭ではもっと家族としてのつき合いを深め、成長させていくことが大事なはずです。「受験期」または「反抗期」などという言葉に親子して振り回されないことが大切ではないかと思います。
ここで改めて、家庭での学習がいかに大事であるか再認識すべきです。私たちも「塾」のひとつとはいえ、ご存じのように、子どもたちに家庭で学習する習慣を身につけさせることを目標に指導しています。家庭でやるべきことをやらず、学校や塾や教材という外の世界ばかりに焦点を合わせ、そこに行けば勉強してくれるだろうと安易に期待するだけでは、親と子で話し合ったり約束したりしていく親子の繋がりが希薄になっていくようにも感じられます。
家庭は親密な家族のくつろぎの場であることはいまさら言うまでもないことですが、けっしてそれだけではありません。むしろ、しっかりとした習慣や自立のための力を身につける、その練習の場というのが家庭の本当の役割ではないかと思います。
家庭での学習の中味
こうした家庭本来の役割を機能させるためには、やはり、実際の接し方・教え方の質が意味をもつと思われます。そこで家庭学習がいかに大事か、それをよく示す実例をひとつ紹介しましょう。ある女子中学生のケースです。
幼児期に言葉の遅れやかんしゃくを起こすなどさまざまな課題がありました。ところが、3歳半から私どもの教室で週1回80分間の学習を続けるにつれ、状況は大きく変化しました。問題行動が減っただけでなく、親が家庭で少しずつ教えられるようになったのです。
そして、家庭でも教室と同じように、姿勢を正し、文字を丁寧に書く、きちんと宿題をやりとげる、ルールを守る、返事をする……応じる、受け入れるといった習慣が定着するに伴い、その波及効果がいろいろなところに現れ始めました。そして、小学校ではクラスで優秀な成績を収めるようになったのです。
家庭学習の成果が明確に目に見える形で現われたのが中学校へ入ってからでした。小学校では客観的な評価がなかったこともあり、より正確な評価が難しい側面がありました。親自身もわが子の力についていまひとつわからない部分もあったのです。
しかし、中学校入学後、はっきりわかりました。最初のテストの結果、国語、数学、英語、理科、社会の5教科は学年で2番。あと3点で1番でした。学年全体で200人弱の中学校での成績です。「まさかこんな成績をとるなんて」と驚いた両親は、こんなことを話されていました。「中学校の勉強は難しくなるので、テストの出来はおそらく平均点ぐらい、もし80点くらいとったら、上出来」とそんな感じでした。
そのうえ、性格は明るく素直で穏やかなのです。初めてのテスト結果に慢心することなく、引き続き中身の濃い家庭学習に取り組むだろうと予想します。
家庭を有効に活用する
ところで、この生徒が家庭で取り組んでいる学習はどこがちがうのでしょうか? 特別変わったことはやっていません。勉強時間自体、一般の子どもの場合とそれほど変わらないのです。
たとえば、エルベテークの宿題に取り組むのに約30分、学校のノートをまとめるのに約30分、そして問題集を解くのが約30分、合計1時間半ほどがいつもの家庭学習の時間で、他の時間は読書しているとのことです。
多くの小学生や中学生が週に何日も塾に通い、勉強さえしていれば…、テスト対策に励んでさえいれば…、という姿とあまりに対照的です。要は、彼女の学習に取り組む意識・態度が他の子どもと大きく異なっているのです。親から言われて仕方なくノートを取り出したりするのではなく、彼女自身が一人で計画を立て学習の準備をして取り組みます。わからないことはほとんど自分で調べて考えます。そうした習慣を定着させている点が強みなのです。
この習慣が身についていれば、これから先、自ら考え工夫し周りにも相談しながら根気強くものごとに取り組みながら自身を成長させていくことができるのではないでしょうか。
たしかに、一朝一夕で出来上がる力ではありません。ポイントは、身近な練習の場として家庭を有効に活用したということではないでしょうか。
当初、彼女の母親は、小さい頃の不適切な言動をなんとか改められないかと、学習の力に期待を寄せました。そして、外に期待するだけでなく、教室のアドバイスにしたがって家庭でも決まった時間に学習をさせる、宿題をきちんとやらせる、しかも文字は丁寧に書かせる、苦手なものにも取り組ませる、そのように母親は彼女に促し続けました。点数というテストの結果はそのひとつの結果にすぎず、学習面・生活面で身につけた力は間違いなく自立につながっています。
このように、幼児、小学生、中学生の時期は、子どものことをよく知っている親が、家庭というふだんの場で教え続けるからこそ効果・成果が上がるのではないでしょうか。
なかには、「わが子にはまだまだ難しい」と思われる方も多くいらっしゃるでしょうが、できる、できないではなく、この根本となる習慣の大切さを親子で共有し、「今日より明日へ」とお互い励み続けることが大切だと言わざるをえません。
やるべきことは何なのか
教室に通う保護者の方は家庭学習の意義についてよく理解されていると思います。そういうこともあって、新刊の『発達障害の「教える難しさ」を乗り越える』(日本評論社)でも家庭学習の大切さに触れました。「家庭でいろいろなことがわかりできるようになると、やがて学校や幼稚園・保育園でもできるようになる可能性が高まります。その結果、子どもは大人の指示がわかり行動できることが増えて自信をもつようになり、親のほうも子どもの成長に手応えを感じ、見通しが立つようになり、子育てがぐっと楽になるはずです」(72ページ)
子どもの立場に立って言い換えれば、「何をしたらいいのか」を自分で考え、一人でこつこつ学習する力を身につけているなら、それは効率的な学習方法を身につけていることを意味し、この先、社会に出てからも伸びていく基盤になるということです。
社会人になれば、周りをよく見て、自ら計画を立てたり、弱点を克服したり、最後まで取り組んだりすることは社会人としての役割・責任として必ず求められます。その際、小さい頃から身についた基盤の力が支えになるだろうと思います。
学校生活で必要な力、そしてやがて社会に出ていくために必要な力、それを身につけることがいかに大切か、まずどこで身につけるべきか、もう一度、考えてみましょう。