2020年 新年号 巻頭言 成長の礎となった3つのポイント
Hさん親子が語る成長記録(10/19 セミナーの報告)より
自分の問題に引き寄せて考える
子どもの指導やアドバイスをするにあたって実感するのが実例の重要性です。それは季刊誌の「保護者の声」やセミナーなどの体験発表のように、長い期間にわたって保護者や子どもが苦労や努力を重ねながら残してきた結果ですから、そこには子育てや学習のヒントがたくさん詰まっています。
もちろん、男児・女児、年齢・学齢、家族構成、診断の有無、ハンディの状態・程度など、それぞれのケースで異なる部分をあげればきりがありません。しかし、ケースはさまざまに見えたとしても、どの子育てにも共通する大事な教訓・手がかりが潜んでいるものなのです。そのポイントを見つけられるかどうかは、実例に向き合う側の姿勢にかかっていると思います。
昨年10 月19 日に開かれたセミナー(NPO 法人主催の[実例から知る、「発達の遅れ」で気になる子どもの教え方]第17 回)では、そのような私の気持ちを体験発表の前に参加者の皆さまへ向けて次のようにお伝えしました。
「一点だけ皆さんにお願いがあります。このような成長の記録を聞くと、『うちの子とはちょっとタイプが違う』とか『そちらのお子さんは(もともと)良いお子さんで、いろんな力をもっていたんじゃないか』と思う方がよくいらっしゃいます。そうなると、何か参考になるところはないかと考え話を聞くのではなく、なんとなく話を聞いて終わってしまうというふうになりがちなところがあります。
ぜひ皆さん、これは発達上の課題をもったお子さんもそうでないお子さんでも、タイプが違う、ハンディの状態が異なるという前置きをなくして、すべての子どもたちに共通する話だと思って聞いていただきたいのです」
ある保護者の方は終了後のアンケートに「その言葉がなかったら、私は人事(他人事)のようにセミナーを聞いていたかもしれません」と書かれていました。この方が心がけたように、「実例からヒントを聞き出そう」という気持ちをもって臨む時、他人の実例を自らの問題や解決へ近づけることができるのではないでしょうか。
保護者と子どもが一緒に報告する貴重な機会
さて、本題の体験発表についてですが、今回は保護者と息子さん(後半から)が一緒に壇上にあがり、それぞれの視点からお話しされました。その意味でも画期的な内容になったと思いました。
貴重な体験を話されたのは、『誤解だらけの「発達障害」』や『発達障害の「教える難しさ」を乗り越える』などで紹介したH さんです。懇談会で体験発表されたことがありますし、またHくんは大学時代に4 年間、教室でスタッフの一員として子どもたちの指導に直接あたってきました。季刊誌にも節目節目で登場してもらいましたので、皆さまには馴染み深い存在と言えると思います。
当日は雨模様で、心配したH くんがお母様をエスコートしてくれたのです。そこで、「保護者の方にメッセージをお願いできますか」と訊いてみると、「いいですよ」と快く引き受けてくれたのでした。
セミナーでは、お母様から一通り幼児期から社会人に至るまでの成長記録が報告されました。そのあと、H くんがプログラムの途中から講師の一人として自らの体験や気持ちを語ってくれました。
まず、お母様による報告から始まりました。幼児期に言葉の遅れがあり、視線が合わずにこだわりが強かったH くんのかんしゃくや奇声、大泣きに戸惑っていたこと、2 歳4 ヶ月の時に国立大学病院を受診した際「両耳性感音性難聴」という診断が下り、医師から「お子さんは一生、お話もできませんし、障害者手帳をとって聾学校に通ってください」と言われたこと、そして、難聴の状態が次第に改善するとともに明らかになった発達上の課題(5 歳の時に「自閉症・ADHD」の診断)をなんとか改善したいと考えながら苦労した経緯(特にエルベテークでの7 年間の学習)などについてお話しされました。
「エルベメソッド」から学ぶ保護者の姿
私にとってたいへんうれしかったのは、H さんが学習を通してエルベメソッドの核心をよく理解され、自身の子育てに活かされた経緯をセミナーの場でも再確認できたことです。
たとえば、最初の学習の様子について、挨拶を終えるまでに15 分かかったというエピソードを交えて次のようにH さんは振り返りました。
「(学習を始めるにあたって)なぜここまでご挨拶に時間をかけるのか。学習をしに来た私としては『えっ、学習時間が短くなる』という気持ち。でも、(いまから見れば)この受け入れる姿勢を育てることが大切だったのだ、と。『目を見る』『姿勢を正す』『口を閉じます』というのもありました。ハサミ(を使うこと)ですら難しい息子がこのいろんな要素をまとめてするというのは大変なわけです。でも、『やらなくてはいけないこと』と受け止めて、この動作をだんだん身につけていったと思います」
ご承知のように、相手の目を見て最後まで話を聞く、これがコミュニケーションの基本であり、エルベメソッドのエッセンスのひとつですが、それはまず応じる姿勢から始まります。相手の目を見なければ、言われていることも聞いていないし、受け入れようとしないということになるからです。H さんが語った当時の気持ちや新たな発見、そして冷静な振り返りは、いま、子育てに当たっている保護者の方に大きなヒントを与えてくれるのではないかと思います。
Hくんが指摘した3 つのポイント
セミナー後半、昨春、大学を卒業し社会人になったH くんが加わりました。壇上にあがった時には、会場内から大きな拍手がありました。
「いま母が過去を赤裸々に話し、たいへん恥ずかしい思いでもあるんですね。簡潔に振り返って3 点ほどお伝えできればなと思っております」と軽妙に話し始めました。彼が指摘した、子育てに関する大事なポイントは(1)ルールの明確化、(2)親の変化、(3)繰り返しの学習、の3 つを挙げてくれました。
「いま振り返って一番良かったなというのが、ルールを明確化してくれたことです。……「『○○して』と言われても、『どうすればいいんですか』みたいな形で自分の中でもチンプンカンプンなところがありました。わからないことばかりで、すごくイライラして、その結果、癇癪を起こしたりなどがあったのかなと思っています……目を見て話すとか、そういった良いことを徹底するためにも細かいところをしっかり守らせていく、(私から見れば)守らされたというか(笑)、そこらへんは良かったかなと思います」
彼の指摘のように、教室で学習し、コミュニケーション上の課題を乗り越えた子どもは全員、「どうしていいかわからない」「わかるように教えてほしい」「言葉がわかり、しゃべれるようになりたい」……と、幼い時の気持ちを振り返っています。なにも好きで勝手な行動をしているわけではないのです。大人が教えなければ子どもはわからない、これが事実なのです。子どもたちのこのような切実な気持ちに応えるのが、本当の教育・支援ではないかとつくづく思います。
彼の話は続きました。次のポイントです。
「2 個目ですけれど、振り返ると、親がすごく変わった。親が変わると子どもも変わらざるをえないのかなというのが、これまでの出来事を振り返って感じるところではあります」
「最後3 点目ですけれど、繰り返しの練習というのが重要。ほんとうに理想は高くあれど、泥臭い戦いがあるのかなと思います。泥臭い戦いというのが繰り返しの練習というところにつながるんじゃないかなと思っております」
繰り返し学習の意義についてはお母さまも学習の効果を定着させるうえで不可欠だったと強調しました。「繰り返していくうちに(理解が)完璧になるわけですね。繰り返すことってほんとうに大切だなと思いました」。
いずれにしても、彼の話は、穏やかで明るく真面目な性格(この日のお母さまは「一本気のある性格」とも説明されていました)を反映させた内容でした。ユーモアが混じり、簡潔で聴きやすく、参加者の心に届いたのではないでしょうか。
「学習は良い材料」
H さん親子が実践された家庭学習に関連して、私からは学習の意義・効果について次のように強調しました。
「学習を通じてきちんとみる、見比べる、見続ける、言葉も覚えていく、そして読んだり書いたりもできるようになっていく。いくらでもレベルアップしていけるわけです。学習というのはほんとうに細かくステップアップできます。こんな良い材料はないのです。学習を曖昧なままにしておいてうまくいくことはほとんどないと言っても過言ではないと思います」
学習とは単に教科学習だけを意味しません。生活全般のあらゆる場面での接し方・教え方にまで広がるものだと思います。
それに関連して質疑応答の時間にH くんは、体育の時間での体験に触れ、バスケットボールやサッカーのようなルール性の高い種目については苦手だったこと、しかしながらその困難を、学習を通して身につけた力で乗り越えた過程についてこう語りました。
「体育、たとえばバスケットボールとかサッカーとかの際に私がしていたこととしては、まず先生に相談する、『ぼく、これが苦手で、よくルールもわかっていないんですけれども、どうすればいいですか』のようにまずは相談して、先生に言われた指示を守りきる。それだけは絶対守ろうと思いながら体育の授業は取り組んでいて、それで結果的には体育の先生にもひじょうに高い評価をいただいて、無事に乗り切ることができました」
「学習は良い材料であり、そのやり方は生活全般に共通する」という事実をH くんなりに示してくれたような思いがします。
そのほかセミナーではさまざまな興味深いエピソードや指摘が披露されました。セミナーの冒頭、社会人になった息子さんの最近の様子について話したお母さまの姿と言葉の中に教育と学習の目標が示されていると思いましたので、それを最後に紹介しておきます。
「エルベテークを通して本当に人生を豊かにしていただく教育を受けた息子はすごく穏やかで明るく、人とのかかわりを円滑にもてる子どもに育ちましたので(途中略)会社に入っても順調に過ごしております」