エルベテーク
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指導事例

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Tさん 大学4年生(小学1年6月入会 自閉傾向)

発達指数が50 程度と告げられた息子は、春の卒業そして就職を心待ちにしています

椅子に座ることさえ難しかった息子

 10年以上前、息子がまだ小学生だったころ、妻が最も心を砕いていましたが、家族皆で彼の将来に対する不安をいつもかかえて生活しておりました。それが今は遠い昔のことのように思えてしまいます。あのころは黙って椅子にすわっていることさえ難しい子供だった彼が、今では何事にも真摯にかつ根気強く取り組んでいますし、また興味を持ったことに挑戦しようとする姿勢までもっています。
 やはり、現在の息子の姿は、小学1年生の6月から中学3年生までエルベテークで先生方から根気強く指導していただいた学習の積み重ねがあったからだと思います。時には、周りから「この子の能力以上のことをさせてはいけない」「無理をさせてはいけない」と言われたことがありましたが、それにめげずに「どんな子供でも、丁寧に学習させれば伸びる力はあるはず」と諦めず息子に接してきたから今があると思っています。
 この春、社会に出てからも彼のこの姿勢は変わらないと思いますし、きっとそれを感謝してくださる方々との多くの出会いもあることでしょう。それを糧にして、ますます彼が社会人としての自分自身を磨いていくことと信じております。

最後まで黙って先生の指示に従っていた息子の様子

 振り返れば、小学校への入学前、「広汎性発達障害」と診断され、ようやく私は現実を受け入れることができました。実は生まれた時から、抱っこするとそっくり返ったり、音に敏感だったり、睡眠時間が短かったりと、手のかかる赤ちゃんでした。そして、多動・パニック、こだわりが現れ、3 歳になっても話す言葉は喃語だけで、コミュニケーションはとれませんでした。そんな状態だったにもかかわらず、当時、海外で生活していた私たちは「日本語の環境で生活していないからだろう」と勝手に考えていたのです。
 帰国し、周りの子供との違いを認識すると、私たちも不安と焦りを感じるようになり、区の保健センターで療育を受け始め、小児病院や大学病院で発達検査を受けました。その時、発達検査の数値は50程度と言われ、診断が下りました。
 小学校入学時には遠回しに特別支援学級を勧められましたが、私たちは普通学級を選択しました。しかし、息子が授業についていけないのは一目瞭然で、授業が分からなければ、息子にとって学校生活はつまらないものになることは明らかでした。
 「なんとかしなければ……」と思っていた入学して間もない頃、知り合いから聞いていたエルベテークのことを思い出しました。「断られてもいいから」との思いで指導相談会に臨みました。「座っていられないから、すぐに泣き叫んで部屋を飛び出すかもしれない」と心配していたものの、息子は先生と1 対1で向き合った学習の中で私たちには驚くべき姿を示しました。「違います。ゆっくり書きなさい」と先生に言われながらも、最後まで黙って先生の指示に従い、一生懸命に文字を書いていたのです。この様子に私たち夫婦は驚き、それから週1 回、エルベテークに通う日々が始まりました。不思議なことに、息子はエルベテークに通うことを嫌がらずに、特に算数は喜んで取り組みました。
 学校では、1年の3学期に計算問題100題全問を正解し、担任を驚かせたこともありました。宿題もちゃんとやり、2年生の時には繰り下がりの引き算ができるだけでなく、やり方を言葉で説明できたりもしました。やがて学習を積み重ねるうちに、集団生活のほうもできるものが増えていきました。サッカーチームに入ったのもこの頃です。
 3年生と4年生の時には、新しい担任の理解を得られなかったこともあり、小さないじめに遭うようになりました。「もう普通学級は限界かもしれない」と思い、エルベテークに相談したところ、「どんな時にも毅然とした態度でいること」と励ましてもらい、気持ちを立て直すことができました。
 5年生になると、クラスと担任が変わったため、息子は徐々に落ち着きを取り戻してきました。その頃からテストを意識し、テスト前に試験勉強をするようにもなりました。特に算数には自信をもち、息子のできる部分を友達たちも認めてくれるようになり、友人の数もずいぶん増えました。我慢強く取り組むことができるようになり、たとえば、長年できなかった平泳ぎを地道に練習して検定に合格したり、体育のサッカーやバスケットボールで活躍しました。6 年生の運動会では、じっとしていることが苦手な子には大変な、組体操や演奏パレードもできました。

劣等感を感じた中学生時代と生き生きし始めた高校生時代

 中学生となってからの彼は、親との距離を置いて自立しようとしていたのかもしれませんが、自分には不足していると自覚している部分を、自分なりに努力して補おうという姿勢ができてきた時期だと思います。言われなくても自分から机について勉強をしたり、興味を持ったサッカーのために自ら希望してサッカー部に入部したりと、中学校生活の初めのうちはとても積極的に活動していました。
 しかし、実際にはどんどん難しくなっていく授業内容についていくことができず、また、好きで選んだサッカー部は練習がとても厳しかったことなどもあり、いくらやってもなんで自分は他の子どもたちと同じようにできないのか、という自分の能力に対する疑いを感じ始めたのも中学生の頃かと記憶しております。中学2年生の夏休み明けには、学校で癲癇の発作を起こして救急車で病院に運ばれることなどもありました。
 こんな彼でしたが、小学生の時からお世話になっているエルベテークの先生方、また、中学校では発達障害児に対する理解のある先生方が多く、彼のことを温かく見守ってくださり、親からのお願いに対しても真摯に対応していただけました。勉強に関して、宿題やテストを彼が自分だけで進めていくには無理があったとは思いますが、エルベテーク及び学校の先生方のご協力をいただきながら、妻が根気強く彼に向き合う毎日でした。
 進学した高校は自宅から近く、彼も縁があったのでしょうか、とても彼の波長とマッチした校風の学校に進学することができました。ユニークな教育方針をもった高校で、授業内容は中学生時代の復習を重点に行い、かつ授業の進め方も均一化したものではなく、それぞれの生徒の個性に合わせたものであったため、彼も授業内容に興味を持って多くのことを吸収できたのではないでしょうか。結果として、テストや成績表の評点も安定して高得点を取ることができるようになり、中学生までは強く感じていた劣等感を覆して、自分に対する自信を取り戻していった時期でもありました。彼は水を得た魚のように生き生きと学生生活を謳歌していたように見えました。

仕事を通して人から感謝されること

 高校時代にのびのびと成長できた彼は、自ら大学進学を希望するようになっていきました。彼のまじめに学習する姿勢や成績が比較的良好だったのも手伝って、指定校推薦を取ることができたのです。彼が自分の意志を高校側に強く示したこともあるでしょうが、担任の先生方をはじめ高校側で彼を強く推薦していただいたとうかがっております。
 大学で商学部を選んだ彼は、クラスメートより学部の先生方や職員と仲が良い、という少しユニークな学生だったようです。授業はほぼ無遅刻無欠席で、かつ、いつも一番前の席に陣取り、レポートの提出が義務付けられると担当の先生に直接連絡してそのレポートの書き方を教えていただいたりしていました。また、積極的に学校行事やサークル活動に参加したり、彼は大学関係者からは多少目立った存在だったようです。
 大学生になってから、多くのレポートの作成が課されるようになります。彼のようなタイプにとってレポート作成はとても難度の高い作業であり、最初のうちはとても苦労していたようですが、前述の大学の先生方や妻のサポートもありながらも少しずつ自分の文章で書けるようになっていきました。今では彼が自分の力で卒業論文の作成に取り組んでいますが、このような姿を昔はとても想像することができませんでした。
 また、商学部のため簿記の資格取得を強く推奨されますが、何度も不合格を繰り返した末に、大学3 年の11月に簿記3級にも合格することができました。そして今は、簿記2級の取得を目指して勉強しています。
 電車が好きな彼は、アルバイトとして駅ホーム補助員を自ら探してきました。早朝の混雑時などに駅員の補助をする作業で学生にとってつらい仕事のはずですが、彼にはなぜか楽しくてしょうがないようで今でもこのアルバイトを続けています。電車が好きで人の役に立てる仕事、また根気強く取り組む必要のある仕事だからこそ、彼の個性にぴったり合ったものなのだと思います。
 今、大学4年生の彼が就職活動を始めたのは、大学3 年の3月からでした。電車好きのため片っ端から鉄道関係会社の就職説明会に応募していましたが、実際に面接へ進める会社はそれほど多くはなく、対面でのコミュニケーションが苦手な彼には面接は高いハードルとなっていたようです。ここでも自分でそのハードルを克服しようと、大学の就職課の職員の方々に何度も相談にうかがったり、高校時代の友人と面接訓練を何度も行っていたようですが、現実は厳しかったようで7 月頃になってもまったく企業からの内定を獲得できない日々が続きました。
 そして就職活動を始めてから約半年後の大学4 年生の8月、やっとのことで鉄道関係の会社に就職の内定をいただくことができました。現在はその会社で週に何度かアルバイトとして仕事に行ったりしながら、今春の入社を心待ちにしています。警備の仕事のため、忍耐強く物事に取り組む彼には適性もあったのでしょうが、とても楽しみながら仕事に励んでいるのが分かります。外国人観光客に道を聞かれることも多いらしく、道案内の仕方を英語で勉強したり、上司からの指示や日々の反省点をノートにメモしたりと実直に仕事に取り組んでいるのには驚かされます。
 彼は今までの人生で周囲の人たちに助けてもらいここまで成長してきましたが、今は仕事をすることで人から感謝されることがモチベーションになっていると思います。いつも家に帰ってからは、仕事上での人助けをしたことやお礼を言われたことなどを、本当に嬉しそうに妻に話しています。


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