エルベテーク
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季刊誌―エルベテーク

2016年 春季号 巻頭言 エルベテークで子どもたちはどのように教わってきたか(1)

(1)「応じられるようになる」まで

卒業生から直に話を聞く

 昨年末に開催した冬の学習会で、卒業生から保護者の方々へ直接、話してもらう機会を設けました。役割を担ったのは春野君。『誤解だらけの「発達障害」』(新潮新書)では高校1年生でしたが、今春には大学3年生になります。年中から小学6年生まで教室で学びましたが、昨年夏から研修・実習を経て、学業の傍ら、スタッフとして後輩たちの学習指導に携わっています。教わる立場から教える立場に変わったわけです。 彼の説明によると、次のような気持ちが働いたからだそうです。「『自分は良い教育を受けた』ととらえているので、それを他の子どもたちにも行うことができたら、いろんな恩返しにもなるし、自分の人生の誇りにもなるかなと思っています」本当に頼もしい青年に育ちました。

「成長のステップ」の通りに
そんな彼ですから、懇談会での話は具体的で説得力のある内容になりました。たとえば、次のような話です。
 今でも、クルクル回るものは気になり、つい手遊びのようなことをすることもあります。でも、自分なりにコントロールできるようになったと思います。昔はやめたくてもやめられなかった。その当時の、言葉が出ず、自分の思っていることを話せない状態や、好き勝手なことをやり、それをやめられない状態、それが自分にとって一番大変でした。 かつて発達の遅れで苦しんでいた状態を率直に語ってくれました。「好きでやっているわけではない」「良いのか悪いのかがわからない」といった戸惑いから、学習を通して「どうすべきか」「しなくてはならないこと、してはいけないこと」を教えてもらうにつれ、次第にいろいろなことがわかるようになった経緯を理路整然と話してくれたのでした。 私どもが『誤解だらけの「発達障害」』で示した「子どもたちの成長のステップ」を彼もまた踏みました。

「子どもをどう育てたいか」という目標
 彼の話はなかなかユーモアに富んでいます。「食事の時間はみんなにとって楽しい時間だと思います。でも、小学校の1、2年生の頃まで、僕が変な姿勢だったり、口を開けてくちゃくちゃと食べていたり、左手でお茶碗を持っていないと、母はひとつひとつ注意し、直させるんです。内心、『何でも許していたあの優しい母はどこへ行ったのか』と思いました(笑)」 家庭での親の接し方・教え方に話が及んだ時のことでした。参加された方みんなが大笑いでした。 結局、彼は5回にわたり延べ80名ほどの保護者に話をしてくれたことになります。話を聞いてほとんどの方が感無量といった表情を浮かべていました。「『初めから力をもったお子さんだったにちがいない』と思っていたけれど、言葉が出ていなかったとは……」という驚きの声もたくさんあがりました。かつて、言葉を話せず、多動があり、一時も座っていられず、嫌なことには奇声をあげている状態だったとは、いまの姿からは想像できません。年少時には聾学校に通い、養護学校へ入学する予定でした。「わが子をどういう子に育てたいかといえば、春野先生のように穏やかな性格になってほしい。春野先生が目標だ」、「発達障害に関するいろんな人の話を聞いたり本を読んだりするけれど、春野先生の話はそれとは全然ちがった」などの声もあがりました。『親としてどのような子どもに育てたいか』という目標を持ち、その上で具体的な対処の仕方を知り実践することがなによりも大事であると皆さまが再確認されたようでした。

子どもの成長を考える3回シリーズ
 その後、参加された方々から「彼の話をもっと聞きたい」という声が寄せられました。また参加されなかった方からも「もう一度機会をつくってほしい」という要望が出ました。そこで、今年1年間、季刊誌の中で春野君の体験と事例を中心に「子どもたちの成長のステップ」を改めて考えてみたいと思っています。以下のような重要な3つの段階ごとに焦点を当てる予定です。
(1)「応じられるようになる」まで(2)「うすうす気づき始める」から「自発的にコントロールするようになる」まで(3)「『もっと頑張ろう』という意欲が出てくる」、それから
 保護者の皆さまが教育や学習の原点を思い起こしながら、時に迷い焦りがちになる普段の生活を見つめ直し、同時に、安心感と将来の見通しをもって子どもに接する、その羅針盤になるのではないかと考えています。

過去の状態を振り返るt 当時を振り返って、彼は次のように話してくれました。
「僕がエルベテークに通い始めたのは年中の3月とのことですから、その前の話になります。いろいろな経緯があって、最初は聾学校(幼稚部)に通っていたのですが、その頃の記憶として2つあります。 ひとつは、オモチャで遊ぶ時間があって、トミカの車で遊ぶのが好きだったんですが、他の子もそれで遊ぶのが好きで、取り合いになった時に、僕は、昔は我慢できなかったので、オモチャ自体を相手の顔に投げるとか、なぐっちゃうとかしました。そういうことをして一度母親にすごく怒られた記憶が残っています。 2つめの記憶は、聾学校の授業を受けることが嫌で、半球の包みみたいなのが廊下に置いてあってその中にずっと隠れていたりして、授業中も外に出歩いていたのかな、と。実際に授業中だったのか、休み時間中だったのか、給食の時間だったのかはわかりませんが……。(聾学校には)年少の頃に1年通っていました。幼稚園に入り始めた年中の時は、口を閉じられないので、ずっとよだれが垂れていて、それで周りと……。自己主張がなかったし、そしてこだわりがあった。それで、他の園の子とはあまり仲良くしていなかった。『よだれが垂れていて不潔』と言われていたし、たぶん親もそれを幼稚園の先生から伺っていると思います」
当時の彼はこう思っていたとのこと。
「『よだれは不潔』と言われると嫌な気持ちになりますが、なぜ不潔なのかはよくわからない。『よだれは垂れているけれど、別に垂れていてもいいじゃないか』という感じでした」。 「子どもたちの成長のステップ」の初めの「自分のしたいことが最優先」という自分本位の状態に留まっていたことがわかります。 「自分のしたいことが最優先」の状態とは、周りに目を向けることもなく、「いい」とか「悪い」とかががわからない状態です。『どうしようか。でも、自分ではどうしようもない』と思うようになったのはもっと先のことです。この時期は彼の言動に周りがずいぶん振り回されていたにちがいありません。

まずは「応じる姿勢」を身に付ける
 エルベテークの指導を受け始めた直後は、たしかに春野君も戸惑ったようです。
「最初の頃は、本当にあいさつが無限に感じられるようでした。あいさつで入れたとしても椅子の座り方も……。最初の頃はそんな学習じゃなかったのかなと思います。ファイルの渡し方は相手に向けてファイルを回して渡すとか……。プリントを本格的にやり始めたのは6回、10回目以降じゃないですかね」
と記憶を辿ってくれました。 やがて、学習を通して次のステップ、つまり「理解できることが増え、応じられるようになる」状態へと少しずつ移行していきます。 「僕の場合、順番としては、最初は怒られるたびに『なんだ』と嫌な気持ちになって、イライラしてという感じだったのです。けれど、あいさつの仕方で怒られないまま入れたりすると、『怒られなかった』ということで不快な気持ちにならない。それで、もっと言えば、1日の行動が全部良ければ、ほめられる。ほめられる時にようやく、今日は良かったんだな、と。順番としては、これがいいんだ、これが悪いんだではなく、これが悪いこと、それをやらないと怒られないから自分が不快な気持ちにならない、最後にほめられるとこれは良かったことなんだな、と。そこから良い悪いが明確に形成されていったんではないかと思います」見習うべき手本を示すとともに、じょうずに叱りほめる的確な指導によって、彼の中で「良い」と「悪い」、「してはいけないこと」と「しなければならないこと」の規準がわかり、理解できることが増えていきました。「足し算、引き算、ひらがな、カタカナに関しては反復練習です。何回も復唱し、書く。家でできるようになるまで。話し言葉については、エルベで何回も何回も教科書を一緒に音読したのがよかったと思います。学校で読み合わせる時でも嫌だと感じることはありませんでしたから。積極性や自信がどこから湧いてきたかというと、私の場合、エルベでの読み合わせの練習だったと思います」 彼の努力の結果はやがて「クラスでピカ一の音読」という学校での評価につながります。いずれにしてもこの時期は、自分をもてあましている状態から少しずつ自分なりに手ごたえを感じてきた時期だったとも言えます。 懇談会で、ある保護者の方から「一時も座っていられない状態だったのに、よくエルベで学べましたね」という素朴な質問がありました。それを受けて春野君の返答は「決まっているじゃありませんか。先生が両手を肩に置いて『動きません』と言われたから、『動いてはいけない』と思うようになり、学べるようになったのです」でした。 「してはいけないこと」と「どうすればいいのか」を繰り返し教えることにより、「応じる姿勢」をつくることからスタートする学習について、「いま、エルベテークで指導していると、自分が指導を受けたやり方、言い方とまったく同じになってしまいます」と自信をもって話していた彼の笑顔がとりわけ印象的でした。 
指導の手本を家庭でも実践
 家庭での接し方も変わり始めました。それまでお父さんやお母さんは腫れ物に触るように接していたので、彼が泣き叫び始めるとすぐに目の前に甘いお菓子が出てきたそうです。「泣き叫ぶと僕の好きなものが手に入るんです。そして、すべてがあいまいなまま終わってしまいました」と彼は振り返りました。 ところが、突然、目の前の親は、「しません」「それはちがいます」「します」「そうです。それでいいです」と、彼の言動を観察しながら短い言葉で指摘する親に変わったのです。「ふだんはふつうに会話しているだけなんですけれど、やらなければいけないこととかしてはいけないことがある時は、口調が変って『やります』『やりません』みたいな言い方に……。とたんにエルベだなと感じていました」 春野君はお母さんにじょうずに導かれていきました。お母さんから「いま、しません」と言われると、「じゃ、いつだったらしていいの?」と口答えしたくなったものの、それを聞きそびれるうちに時が過ぎていったというのです。「ある時、母が、エルベの教育方針として特長的だと思うのは、『これをやれ』ではなく、『します』『しません』と穏やかなんだけどもきっぱりと言う接し方があると思うんだよね、みたいなことを言っていました」
というのが、現在の春野君の感想です。 こうして、春野君は「応じられるようになる」ステップを経て、「修正すべき課題があることにうすうす気づき始める」状態へと進みます。彼が自分の変化を自覚したのは小学校3年の頃だったそうです。


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