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季刊誌―エルベテーク

2015年 秋季号 巻頭言 折り合いをつける、乗り越える、その大切さ

「認める、理解してあげる」だけで子どもは変わることができるのでしょうか
 今回は、親と子、大人と子どもの適切な関係(生活の中での接し方や教え方など)とは何かを考えてみたいと思います。 さていま、子育てについて取り上げたテレビ番組はたくさんありますが、先日、そのひとつを見る機会がありました。子どもをキレさせないために親としてどうすればいいか、これが番組のテーマでした(「キレる」という言葉は本来使いたくないのですが)。 登場している専門家の意見やアドバイスをひと言でいえば、「子どもの気持ちを理解してあげることが大切」というものです。たとえば、「『イライラしていいんだよ』と声をかける」「『そうだよね』と相槌を打つ」などの具体的な言葉かけが紹介されました。あるいは、率先して行なうべき対応策として「『どうして?』と理由をきく」接し方が語られたのでした。 そのうえで番組では、「クールダウンさせるために、居場所を見つけてあげることが大切」といった、具体的な対処法が示されました。たとえば、机の下や階段の踊り場などを使ってそこに毛布などで囲いをつくり、一時的なクールダウンの場所にすれば効果的とのアドバイスでした。いずれも、心理学をベースとするアプローチで、いまや学校現場でもしばしば遭遇します。子どもの気持ちをそのまま認めてあげることが親・大人として大切である、そんな考え方に則った説明でした。 いつも大人が「子どもの心を傷つけない、やさしい接し方」をしていて、キレる子どもは変わるきっかけをつかめるでしょうか。

「自分本位の世界」への対処という視点
 子育ての経験がある大人ならば、以下の事実を認めるに違いありません。子どもという存在は、とかく自分本位になりやすく、わがままになりやすい傾向(癖)をもっている、と。 自分本位になるということは、相手の気持ちや行為や意見などには目が向かず、自分の願望や要求だけに終始するということです。実は、子ども自身も現状のままでいいとはけっして思っていません。心の中がもやもやし、「またして(言って)しまった」「悪いことをしたなあ」「どうにかしたい」と思っているのです。したがって、そうした未熟な傾向を本人に気づかせ、少しずつ改めるよう、人格的な成熟をさせること、それこそが成長を促すことの本質ではないでしょうか。親や大人の役割が鍵となることは言うまでもありません。 子どもがキレる、それはまさに自分本位の典型的な現象です。おそらくその子どもは好きなものや興味のあるものに対しては嬉々として取り組むかもしれません。ところが、自分の嫌いなものや興味のないものに向かい合うように促されたり、あるいはするべきことをしないときに叱られたりすると、自分本位の世界を取り上げられるように感じて気持ちが爆発し、キレてしまうのではないでしょうか。 そうだとすれば、「子どもの気持ちを理解してあげることが大切」というコメンテーターたちの考え方は、子どもの自分本位の世界をそのままにしておきましょうという無責任な態度となんら変わらないのではないかと思います。 また、そうした姿勢に大人がとどまるかぎり、キレる子どもを変えようという接し方や教え方の意識はますます希薄になるのではないでしょうか。

周りと折り合いをつけ、乗り越えていく力を身につけるには
 自分の思いどおりに事が運ばない、余計な手間暇がかかりそうだ、自分の意見が無視されたり否定されたりする、周りからから注意されたりからわれたりする……、そうしたケースは大人の世界にもたくさんあります。しかし、そこで私たちはキレるでしょうか。キレる大人はまだまだ少ないと思います。 ほとんどの大人がキレないのは、社会・地域・家庭における自分の力量・役割について過度にうぬぼれることなく現実を認識し、何かに取り組む際には周りの声に耳を傾けながら、可能なかぎり論理的・客観的に考えようとする謙虚な態度を身につけているからではないでしょうか。言い換えれば、たとえ状況が悪化したとしても、すぐに不平を漏らしたり反抗したりするのではなく、その悪い状況に耐え、我慢し、状況と折り合いをつけていく、そして次のチャンスを待つ、苦境を乗り越える、それが人生なのだと理解しているからだと思います。 要するに、自分の気持ちや行動をコントロールする、バランスのとれた力が人格の中にまがりなりにも形成されているからではないでしょうか。 これに対し、他人の話をいつまでも根にもったり大げさに考えたり深刻にとらえたりする傾向のある大人ほど、実際にキレるキレないは別として、人間関係を悪化させる傾向があるように見受けます。自分本位の世界に陥りやすいという自身の傾向を客観視できないからです。いわば、未熟な状態を引きずっている大人だと言えます。

大人がなすべきは練習させること
 言うまでもなく、子どもが成熟するためには大人の導きが決め手になります。以前、『子どもの困った!行動がみるみる直るゴールデンルール』(新潮社)の中で次のように書きました。
 「親にとって必要なのは、子どものわがままに振り回されたり、ひとつひとつ付き合ってあげたりすることではありません。(中略)『自分の好きなようにしたい』という気持ちに押し流されて自分ではどうしようもない状態になっている子どもに、そうした感情と折り合い、乗り越えていく力を身につける手助けをして、正しい方向へと導いてあげることなのです」(18ページ)
 成熟という観点を重視するならば、子どもが我慢し、折り合いをつけ、乗り越えていく力を幼い頃からしっかり育てることが大切だという指摘です。そのためには、まず、家庭という場で親と折り合いをつける練習が重要になります。 身近なことで言えば、大人の都合に応じられる力を子どもに身につけさせることです。たとえば、大人同士が話している間、子どもは静かに待っていることを日頃から教え、もし、子どもが騒ぎそうになったら、「もう少し待っててね」と声をかける、そうしたひとつひとつの練習によって、子どもが大人の都合に合わせて待つことができるようになっていきます。

「叱る」と「ほめる」をじょうずに使い分けてこそ
 子育てで大事なことは、子どもが興味・関心のないものであっても目を向けさせ、他人の話をよく聞き、「こんな考え方もあるんだな」とか「自分の考えにこだわりすぎた」などと気づかせるように導くことです。 当然、「してはいけないこと」をしてしまう子どもを前に、叱る(注意する)役を大人が引き受けなければならない場面が現われます。 ところが、現代の大人は「叱る」と「ほめる」の使い分けがあまりうまくないようです。自分の親からよく教えられなかった結果かもしれませんし、「叱ってはいけない」という社会的な強迫観念がネックとなっているのかもしれません。言い方や態度にもよりますが、「どうしてわからないの」という否定的な言い方は口にしていけない言葉、というのが現代の常識のようですから。ところで、教室への送り迎えをしていただいている保護者にお話すると、「昔はきつく叱られました」とおっしゃる方がほとんどです。もちろん、その家族によって内容は異なるでしょうが、「挨拶をする」「食べ残さない」「布団の上に乗ってはいけない」「読んでいる新聞をまたがない」など、細かいことですが、生活の中でそのつど親は子どもに注意し、教えました。 要するに、いまは子どもにきちんと教え諭す機会が減っているのではないでしょうか。それは同時に、子どもの言動をしっかり観察すること、そして叱ったあとにきちんと言われた通りのことができているかまで見届けずに、その場かぎりの情緒的な対応に終始しているように思えます。少し横道にそれるかもしれませんが、ある保護者の方がこんなエピソードを話してくれました。自宅近くのマンションのスロープでは自転車に乗ってはいけないという決まりごとがあったそうです。ところが、数人の小学生がこの決まりごとを破りました。そこで、通りかかった女性が見かねて注意すると、子どもたちは素直に自転車から降りたそうです。しかし、後から同じように自転車でやってきた友だちに向かって「恐い人から叱られるぞ」とその女性にも聞こえるような大声で言っていたというのです。「ここにはルールがあったんだ」と気がつき受け止めるのと、「恐い人に叱られるから」ととらえるのでは大きな違いがあります。このようなエピソードに触れるたびに、社会の中で「叱る」と「ほめる」の基準があいまいになり、子ども自身もどうしていいのかわからない状態ではないかと思います。

ルールを守る姿勢から生まれるもの
 「叱る」と「ほめる」は、子どもに対し「世の中にはルール、約束事というものが存在し、それを守ることが大切」という意識を植えつけるための道具と考えるべきです。大人が子どもにルールや約束事の基準を示し、それを守ることによって達成感や喜びを感じられる人間に育てるための格好の道具なのではないでしょうか。 ある保護者の方が学習・練習の思わぬ効果についてこんなことをおっしゃっていました。「息子が教室に通い、学習を続けるようになってから、家でもずいぶん変わりました。左手を置いて書くようになりましたし、手をきちんと洗うようになりました。脱いだ靴をそろえる、挨拶をする、それもできるようになりました。また、学校にハンカチを持っていき始めたのですが、汚れたものがあると自分のハンカチを使って拭いているそうです。きれい好きな性格が周りから認めてもらっているようです。本人の中ではそうした変化が当たり前になっているみたいです。ノートを使って正確にひらがなを書く練習をすると、成果があがるのに似ていると感じています」 文字を正しく書く、つまり形や大きさなどのルールに基づいて文字を書くという作業は、正しいこと(もの)を正しく模倣する学習です。つまり好きなように書きたい気持ちをコントロールし、細かい部分までよく見て正しく書き表せることが、さまざまな面で我慢し、折り合いをつけ、乗り越えていく力に結びついているようです。

親に教え続けられたことは必ず心の底に残る
結局は、子どもがキレたりするのも自分の気持ちをコントロールできないためであり、それを修正するためには普段から大人が中心となって子どもへの練習を重ねることがポイントです。その練習では、ルールや約束事があることを教え、それを子どもが自ら知り、取り組めるように促す大人の努力が欠かせません。 人生にはルールがある、これは大人なら誰でもわかります。その真実を子どもたちにも教え、共有していきましょう。「ルールがわかり、そのルールに従って考え行動することができるからこそ、真剣に、そして楽しく取り組めるし、そこに意味を見出せるんだよ」と。 教室には教え続けて本人も何がいけないのか十分知りつつも、ときにコントロールできない子どもたちがまだ大勢います。親も子も「ここでがまんできなくなる」とわかっていても、双方止められず互いに気持ちが落ち込んでしまいがちです。しかし、それでもあきらめず、少しずつでも良い所をほめ、失敗したときには、何がいけなかったのか話し合う、約束し合うことを続けていきましょう。「親に教え続けられたこと」は子どもの心の底に必ず残ります。私たち大人が自身をふりかえればよくわかるはずです。子どもを信じて対応していきましょう。


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